Physiology

II、身体生理学

細胞について理解しただけでは生物の複雑な活動を理解したことにはならない。多細胞生物の機能は多くの細胞や器官の協同的な働きによって実現されている。テクノロジーの医学的な応用を理解するため、これら生体の機能の幾つかについて学ぶ。


 6免疫(Immunity

生物は自然界においてさまざまな外敵の攻撃にさらされる。例えばサンゴは粘液を分泌し、接近する肉食の貝などの捕食者をその表面から洗い流す。実はサンゴは全エネルギー生産量の半分近くをこれに費やしている。また、サンゴ同士も互いに刺胞毒によって攻撃しあい、勢力範囲を争っている。このような事情はもっとも簡単な体制を持つと考えられる海綿でもみられる。

サンゴ海綿

また植物は毒性物質を生産し、蓄積することで虫や動物に食べられることを防いでいる。キニーネ(マラリアの治療薬として有名であるが、かっては狩猟用の毒薬として利用された。)やニコチン(神経作用を持っている。)、モルヒネ(いわゆるヘロインの主成分で、やはり神経作用を持っている。大量に摂取すれば即死する)などはその良い例である。フィトンチッドの満ちた森

これらの生物の防御機構のうちでも、化学的な防御機構を総称して免疫と呼ぶ。免疫機構は哺乳動物だけの特殊な機能ではないが、特に哺乳動物において研究が進んでいる。このため、一般に免疫といえば、哺乳動物のもつ高度な生体防御機構を指すことが多い。ここでも哺乳動物、特に人間の免疫機構についてのべる。


免疫の機構

哺乳動物では他種類の細胞と可溶性因子が組合わさり、複雑な情報ネットワークをつくって免疫応答を実現している。その応答の詳細についてはいまだに分からない部分が大きい。ここでは可溶性のタンパク因子によって機能する液性免疫と白血球などの細胞によって機能する細胞性免疫に分けて説明する。

 

液性免疫

抗体 :免疫系の認識分子

補体 :免疫作用伝達

B細胞 :抗体産生細胞

 液性免疫に関わるタンパク分子は抗体分子と補体分子である。抗体分子は病原体などの検出対象を認識する分子で、その多様性が免疫応答の広範な特異性の原因となっている。抗体分子の多様性は産生細胞であるB細胞の体細胞変異によってつくられる。一方、補体分子はおもに免疫の作用機構を担う10種類以上の分子群で、それらがカスケード作用によって応答を増幅しながら細胞の破壊、食作用の誘導などの作用を引き起こす。いずれの分子群もさまざまなステージで細胞性免疫系と相互作用している。

抗体分子

抗体は分子量150kDほどのタンパク分子でY字型をしている。Y字型の各足は3っつの遺伝子的に類似したドメインからなっている。基本モチーフは免疫系タンパクに広範に見られ、各ドメインは基本モチーフが2回繰り返した構造1対で形成される。遺伝子構造で見れば一分子はH鎖、L鎖それぞれ2本づつからなり、H鎖は4っつ、L鎖は2つの基本モチーフのタンデムリピートからなっている。

異なるB細胞で生産された抗体は、それぞれ異なる分子構造を認識して結合する。抗体が結合しえる構造を持つ分子を抗原と呼ぶ。体内に抗原が侵入するとその抗原に対応したB細胞が刺激され、抗体を大量に生産するようになる。このため侵入した抗原に対して敏感に反応するようになる。

抗体の特異性は、単独の分子では通常の酵素反応とあまり変わらず非常に高いとは言えないが、血中にはさまざまな種類の抗体が存在するため、それらの総合的な特異性は非常に高くなる。

抗体の多様性

抗体は血中に比較的多量に見られる分子で、Immunoglobuline(Ig)とか、Antibodyなどと呼ばれる。抗体分子はB細胞によって生産されるが、ゲノム上の抗体遺伝子は一つだけではなく、非常に多くの組み換え可能な遺伝子群からなっている。

L鎖およびH鎖のN末側にはV(バリアブル)リージョンと呼ばれる非常に遺伝子が変化しやすい領域があり、この部分が抗原との結合性を決定する。Vリージョン遺伝子には非常に多くのタンデムリピートが含まれている。この過程では遺伝子のミューテーションではなくて遺伝子の一部を削除してつなぎ直している。このような遺伝子の変化はプロッセシングと呼ばれ、遺伝子の発現においては普通に見られる現象である。抗体において通常と異なるのは、プロセッシングがランダムに起きる点である。

また、Vリージョンの中でもハイパーVリージョン(超可変部位)では体細胞レベルの突然変異も合わせて起こり、抗原特異性の範囲を広げている。このようにB細胞は骨髄の幹細胞から分化する際に遺伝子の組み替えと体細胞変異により抗体遺伝子の多様性を生み出す。

超可変部位の立体構造

一旦抗原特異性が決定したB細胞でも、細胞の成熟段階に応じて異なる抗体分子が産生され、それらをクラスと呼んで分類する。IgクラスにはM、D、G、E、Aが知られているが、それぞれ産生される時期(感作からの時間)と部位が異なっている。例えばIgMは感作直後の一次反応においてもっぱら産生され、二次応答においてはもっぱらIgGが産生される。IgAは炎症反応による防御機構と関わるといわれ、IgEはアレルギーと関わっている。

各クラスの遺伝子はConstant(C)リージョン:定常部位と呼ばれ、やはり複数の相同遺伝子のタンデムリピートになっていて、細胞の成熟にともない組み換えられてクラスが変化していく。

C領域上のクラス決定遺伝子はやはり複数の相同遺伝子のタンデムリピートになっていて、細胞の成熟にともない組み換えられてクラスが変化していく。

はじめはM遺伝子が発現しているが、一次感作によってG遺伝子群(1,2,3a,3b)に切り替えられ、IgGが産製される。

 

d自己免疫とイムノデリーション

抗体はどうして自分自身を攻撃しないのか。免疫系の抗原認識はもっぱら抗体に担われ、その認識機構は単なる分子構造の認識であることが分かって。抗体は遺伝子のプロセッシングによってランダムに作られるので、当然自己に対する認識抗体(自分自身に反応する抗体)が存在するはずである。そのような場合、自分自身に対して免疫反応を起こして攻撃してしまう。実際にそのような現象は起こっていて、自己免疫疾患と呼ばれている。しかしそれは特別の場合であり、一般には自分自身には抗体が反応しないための機構が存在するはずである。

自己に反応する抗体を取り除くのは胸腺であることが知られている。胸腺はリンパ組織の一種で、T細胞の起源である。胎児期にリンパ液が体内を循環し、胸腺を通過すると、自己に対して特異的なB細胞だけが取り除かれる。その結果最終的に自己に対する免疫反応は起こらなくなる。このような作用をイムノデリーションと呼ぶ。

ヒトのリンパ系組織

補体

免疫応答に関わる血清タンパク群。血液凝固系(線溶系)とも関わる。

C1からC9までの成分があり、免疫系からの刺激を受けて分解・活性化される。活性化した補体は次のステップの補体の分解酵素として働き、活性化が伝達される。

補体の活性化経路

最終産物は菌体の細胞膜を攻撃して溶菌を起こす。途中、免疫反応と相互作用していく。

 C3a,C5aは好塩基球や肥満細胞に作用してヒスタミンを放出させ炎症作用を起こす。
 抗原異物にC3bが結合すると食細胞は異物に対する喰食反応を容易に行うようになる。

B細胞

 骨髄由来の血球細胞の一種。骨髄にある造血幹細胞から分化する細胞群は、B細胞をのぞいて細胞性免疫系に分類されるが、B細胞だけは抗体産製を行うため液性免疫系に分類する。

 B細胞は表面に自分が産製する抗体を提示していて、そこに抗原が結合したとき活性化され、分裂して数を増やす。2度目の刺激を受けたときには大量のB細胞が応答して同じ抗体(IgG)を大量に血中に放出する。この大量の抗体と、同じく刺激を受けて活性化された細胞性免疫の働きにより強い免疫反応が起きるのが2次感作である。

 

細胞性免疫

T細胞 :促進、抑制

マクロファージ :食細胞、抗原提示細胞

好中球、好酸球、好塩基球、マストセル、血小板

リンフォカイン :免疫細胞活性化、細胞死

T細胞

免疫反応の促進、抑制を制御する細胞の多くは胸腺由来の細胞で、T細胞と呼ばれる。T細胞は一種類、さまざまな働きを持つものがある。

 ヘルパーT(TH) :免疫作用を高める。

 細胞毒性T(TC) :外来細胞を殺す

 サプレッサT(TS) :免疫機能を抑制する

 

それぞれのT細胞は機能と表面抗原(Cluster Designation: CD#)の種類によって分類される。例えばTHは表面抗原としてCD4を持つ細胞群で、主に免疫作用を強める働きをする。一方TC細胞はCD8を持つ細胞群で、外来の細胞を直接殺す働きがある。しかし、知られているT細胞の機能はおおよそのものであり、また見つかっていない細胞種があるかもしれない。このため、細胞による免疫制御の全体像は完全に分かっていない。例えば抗原を微量づつ継続的に提示した場合、その抗原に対してアレルギーとなるか免疫寛容が起きて耐性となるかは予測できない。

マクロファージ

 細胞性免疫では情報伝達と制御を主に行うT細胞群の他に食作用を持ったマクロファージなどの白血球細胞がある。その他、NK細胞、好中球、好酸球、好塩基球、モノサイトなどさまざまな細胞がある。その中で食作用を持つ細胞は単に相手を貪食するだけでなく、消化した相手の抗原を積極的にTHに提示し、免疫反応を強める働きもある。

その他の免疫細胞

好中球、好酸球、好塩基球

マストセル、血小板

 

リンフォカイン

・インターロイキンIL :免疫細胞を活性化させる。

・インターフェロンIFN :ウィルス感染した細胞を死滅させる。

・腫瘍壊死因子TNF :腫瘍壊死

・コロニー活性化因子 CSF:細胞増殖

・成長因子GF :細胞増殖

リンフォカインはリンパ系細胞が分泌して、他の細胞に影響を与える液性因子一般を指す。細胞性免疫においても、細胞間の情報伝達においては液性因子が関わっている。リンフォカインは主な働きによっていくつかに分類されているが、相手の細胞によっても働き方が異なり、また複数の作用を持つのが普通である。インターロイキンは免疫細胞の活性化に関わる事が多い。一方インターフェロンは細胞の自殺を誘導する因子として発見された。しかし、ILによるネクローシスやインターフェロンによる分裂抑制なども起こる。これらの因子のネットワークが細胞性免疫を制御している。

 

免疫感作

一次感作

生体に異物を提示すること免疫感作と呼ぶ。通常アジュバントと呼ばれる徐放剤とともに血液中に入れる。これに対して特異的なB細胞が結合し、増殖、成熟を開始する。成熟に従ってIgM,IgGが産生される。しかし、続いて抗原の提示がなければ、一度上昇した抗体価は再び減少する。

二次感作

一次感作直後に再度抗原を提示すると、T細胞の活性化とB細胞の増殖が起きているため、一次感作に比べて非常に速く、鋭い応答が起きる。大量のIgGが産製される。これを二次感作と呼ぶ。極端な場合、抗体の産生とT細胞の活性化が強すぎ、ショック症状を起こすことがある。このような症状はアナフィラキシーと呼ばれる。スズメバチに刺されたときに、一度目は痛くて腫れるがそれだけでしかないのに、2度目に刺されたときには死亡する場合があるというのは、このアナフィラキシーによる。

アレルギー

通常の生活では、本来抗原として認識する必要のない物質に対して免疫応答が起きることをアレルギーと呼んでいる。食品に含まれる低分子物質や花粉などの上皮への接触は免疫応答を起こすことはない。しかし、これらが何らかの高分子と結合したり大量に投与されたばあい、または上皮側が何らかの理由で過敏になっていた場合、必要のない免疫応答が誘導され炎症作用が起きる。このような現象が起きる原因は、単に抗原だけではなく、身体的なアンバランス、大量の汚染物質などが同時に関わっている。例えば花粉症の発症率は煤煙のあるなしで大きく変わってしまう。

 

アナフィラキシー(過敏症)

 特定の物質に対して強い免疫応答が起きる点ではアレルギーとにているが、急性でショック症状をともなうような強い反応をアナフィラキシーと呼ぶ。例えば蜂に刺された場合、一度目は通常の免疫応答が起きるが、その際に蜂の毒に対する抗体産生細胞の活性化が起きる。その状態で再度同じ蜂に刺されると強い免疫作用が起きて、場合によってはショック症状を起こし死亡することもある。生物の毒などの外来異物や、アレルギー性物質の大量投与などが原因となる。

炎症反応

外来異物の進入に対して周辺組織で起きる防御反応。マストセルからのヒスタミン・セロトニンの分泌により、血管透過性の増加、白血球の誘導などが起きる。血管からの液体の浸出にともない、抗体、白血球が組織に侵入し、異物を捕獲処理する。組織の膨潤、痛みの増加がともなう。

 

組織移植と拒絶反応

 ヒトの細胞表面にはさまざまなタンパク質が存在し、抗原として機能する。中でもMHC(Major HistoCompatibility)と呼ばれる抗原は、個人ごとに異なり、他人の組織を移植した場合それを排除するしるしとなる。このMHCの存在のため、同じ人間同士でも組織移植が困難となっている。現在心臓移植などの場合には、免疫抑制剤を用い、MHCに対する免疫反応を抑制しいている。

免疫寛容

 通常、免疫応答は回数を重ねると強くなる(二次感作)が、わずかづつ長期間に渡り抗原を提示し続けると、免疫反応が起きなくなることがある。このような現象を免疫寛容と呼ぶ。免疫寛容はサプレッサT細胞が活性化されることで起きるのではないかと推測されるが、その機構は明確にされていない。

 

エイズ

エイズ(AIDS:Aquired Immuno-Deficiency Syndrome)はヒト免疫不全症ウィルスHIV:Human Immunodeficiency Virusによる感染症を指す言葉である。

HIV

HIVは直径100から120nmの二重鎖RNAウィルスで以下のタンパク遺伝子を持っている。

gag:コアタンパク

p24

p17

pol:リバーストランスクリプターゼ

 RT

env:エンベロープタンパク

 gp120:CD4バインド

 gp41:ケモカインレセプターと結合して細胞融合

 

HIVはCD4に結合するためCD4+のヘルパーT細胞、モノサイト、マクロファージに感染する。細胞に結合したウィルス粒子virionはgp41によって細胞膜に融合し、宿主の細胞質中にキャプシドタンパクに包まれたssRNAを放出する。ssRNAはRTの働きによりdsDNAに転写され宿主のゲノムに組み込まれる。このDNAはProvirusと呼ばれ休眠状態であるが、何らかのきっかけで活動を開始し、細胞内でウィルス粒子を合成する。

症状

HIV自身が感染直後に引き起こす症状は軽微でカゼ程度のものである。

<発熱、悪寒、筋肉痛、リンパ節の腫れ、喉の痛み、湿疹>

 しかし、9-10週程度で免疫不全症が発症するがT細胞の減少は致死的なものではない。この状態で数年間はvirionの大量増殖もなく<熱、寝汗、下痢、体重減少>などの軽い症状があるだけの安定期に入る。その後6-10年程度で急激なvirionの増殖、T細胞の減少が起こる。

 HIVの感染でT細胞が死ぬ理由はもっぱらvirionの大量生産にともなう細胞の破壊と考えられるが、それ以外にもvirionが複数の細胞を融合させて多核の細胞にしてしまうため、細胞が死滅することもありえる。また、感染細胞はTC細胞によって貪食される。このようにTH細胞群が死滅すると細胞性免疫機構が働かなくなるためHIVの増殖をくい止めることができなくなる。同時に他の抗原に対しても正常に応答することができなくなり、通常では感染することがあり得ないような病原生物による感染症で死亡する。

<カンジダ、カポジ肉腫(ヘルペス)、カリニ肺炎(菌)、下痢(クリプトスポリディウム、サルモネラ...)、脳水腫、痴呆、髄膜炎(トキソプラズマ、原生動物...)>

治療法

AIDSに対する根治療法は現在見つかっていない。もともとウィルス性疾患については、抗生物質などがあり得ないので対症療法しか取り得ないのが常識である。通常のウィルスであれば免疫応答が発生するまで待つことで自然に治癒することが望めた。しかしHIVの場合は本来治療を行うはずの免疫系が正常に作用できないので、通常では対症療法による延命治療しかとれない。

AZTなどの核酸アナログーをウィルスのRTに結合させればウィルスはDNAが合成できず、感染を起こすことができない。このような核酸アナログRT阻害剤(NTRI:Nucleoside analogue ReverseTranscriptase Inhibitor)はある程度の期間AIDSの進行をくい止めることができる。しかし、単独での使用は耐性ウィルスの発生を引き起こす。そこで、複数の異なるRT阻害剤を組み合わせることで、より長い期間にわたって効果的に病気の進行をくい止めることができる。将来的には遺伝子治療によるレセプターの修飾やprovirusの不活性化などが考えられるが、現状では感染自体の予防が重要である。


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